教育実習を経験した教員養成課程の大学生に、教職についての意見を聞いた。その結果について、考察したい。
「1週間の教育実習で体動かなくなった」学生への調査から浮かぶ危機:朝日新聞デジタル
—トピック—
- 教員免許を取る予定ながら教職以外の道を選んだ大学4年生21人に教職についての意見
- 21人のうち17人は「条件が整ったら教職に就いてみたい」と答えた
- 岐阜県教育委員会は、教育学部に在籍しているか、教職課程を履修した4年生724人を対象に調査を実施
- 教職への進路が既定路線の1大学だけは「勤務が過酷だというのは社会が構築した偏見」が1位で35%だった
「教師に向いてるのになと私自身も思うけど、やっぱり日本では無理」。海外の大学院に進む私立大の女性は大学教員のインタビューに対し、そう話した。「諦めさせるほど劣悪な職場環境なのは『ちょっともったいなさすぎるよ、日本』って思うのが悔しい」
教職断念のきっかけで目立つのは教育実習だ。金融機関に就職する国立大の男性は「1週間で体が動かず、絶対に自分には無理だと感じた」
数週間、ほぼ授業だけを担う教育実習を体験しただけで、上記のような感想を抱くあたり、本質を見極める能力のある学生だと筆者は感じた。ただ、教育実習で見える部分は、氷山の一角で、実習生に見えない部分で心をえぐられるような思いをしている全国の教職員は、あまたいるだろう。
筆者が、大学の附属小に教育実習に行った際、21時22時まで指導案を作成する学生がたくさんいた。筆者も22時まで指導案作成をした翌日の授業反省会で、担当教官に帰るのが早いと叱責された苦い経験もある。30年も前の話で、今となってはよい思い出である。昨年、同大学の教育学部学生と話をする機会があったので、現状を訪ねたところ、18時には全員帰るように指導されていると言っていた。良いことだと思うと同時に時代の変化を痛感した次第である。
21人のうち17人は「条件が整ったら教職に就いてみたい」と答えた。その「条件」として、国立大の男性は少人数学級の実現を挙げ、「(学級規模が)今の半分ぐらいじゃないと子どもを見られない」と述べた。
菊地教授は言う。「教職は子どもと向き合い未来の社会をつむぐ仕事。教職を取り巻く環境を抜本的に改善しないと危機は深刻化するだろう」
多くの学生が、条件が整ったらやってみたいという意欲を持っていることがわかる。全くやる気がない訳でなく、条件面での不備が二の足を踏ませている。逆に捉えれば、条件面の整備が進めば、教職についてもいいと思っていることが分かり、この結果を活用して改善を図れば、教師不足改善の方策に繋げられるだろう。ただ、少人数学級も条件整備の一つであるが、それだけで無限労働が大きく改善する訳ではない。仕事を「やらない」「やめる」この視点で見直し、実際に削減するか、仕事を分担するための人員の増員を行わないと、どうにもならない。
「危機は深刻化するだろう」と専門家は指摘しているが、もう既に危機は深刻化している。
岐阜県教育委員会は今年3月、県内7大学の、教育学部に在籍しているか、教職課程を履修した4年生724人を対象に調査を実施した。回答率は37・7%だった。
うち学校教員にならない進路を選んだ学生に理由を複数回答可で尋ねたところ、77人が回答。「他にやりたい仕事が見つかった」が88%と最多。「休日出勤や長時間労働のイメージがある」が79%、「職務に対して待遇(給与等)が十分でない」が64%だった。
このほか、「教員としての適性がないと感じた」(55%)▽「授業ができるか不安だ」(53%)▽「いじめや問題行動への対応ができるか不安だ」(49%)▽「教育実習が大変だった」(48%)▽「保護者とのコミュニケーションが取れるか不安だ」(47%)との回答も目立った。
休日出勤や長時間労働のイメージがある。との意見だが、イメージではなくエビデンスのある事実である。職務に対して待遇(給与等)が十分でないという意見についても、何をもって高待遇で高給と判断するのか、万人が納得する基準などないと思う。ここは、筆者の主観で申し訳ないが、待遇が十分ではないと感じる。「民間企業のようにリストラやノルマがないのに、甘ったれるな」と言うとてもありがたいご意見がネット上で散見されることもあるが、公務員に民間企業、それぞれつらい部分や大変な部分はあると思う。異なる立場も寛容の精神で理解しようとする気持ちも大切ではないかと思う。
引用下部の授業、保護者対応などは、場数をこなせば誰でもそれなりにできるようになるものであり、そんなに心配することではない。
他方、教育学部があり、教職への進路が既定路線の1大学だけは「勤務が過酷だというのは社会が構築した偏見」が1位で35%だった。「ボランティアやインターンシップを経験する学生が多いため、『学校は言われるほどしんどくない』と感じていたり、教職を目指す強い意志を持っていたりすることが考えられる」と研究グループは分析する。
「勤務が過酷だというのは社会が構築した偏見」と言うのは本当だろうか。過酷の基準は人によって違うので、何とも言えないが、「死んでもおかしくないと定義されている残業時間」を多くの教師が従事している状況は、その一点だけをもってしても過酷なのではないかと筆者は判断する。
「国家百年の計は教育にあり」と言われるように、教育は国家の根幹を形成する仕事だと思っている。喜びやりがいをもって従事できる仕事であるとも思っている。その喜びやりがいがあるから、過酷な労働を帳消しにできると述べる教師もいるが、喜びややりがいは過酷な労働とのセットである必要はない。労働環境の改善が進み、多くの学生が教職を志す、そんな日が来ることを望んでやまない。


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