教員が本務に集中できる環境作りを 文科相が表明

教育問題

 「子どもたちの豊かな育ちと学びを支援する教育関係団体連絡会」会合において文科相が教員が教師の本来業務に集中できる環境作りを行うと表明した。これについて考察したい。

「教員が本務に集中できる環境作りを」 文科相が教育団体に表明:教育新聞

—トピック—

  • 盛山文科相は、教員が本来業務に取り組むための一連の施策に取り組む意欲を表明
  • 盛山文科相の現状認識
  • 小学校高学年の教科担任制の強化を始めとしたいくつかの教育施策実現のための予算概算要求

 「教職員が安心して本務に集中できる環境作りが今こそ求められている。文科行政の最重要課題として一体的に進めていく」と述べ、一連の施策に取り組む意欲を表明した。

 全国の多くの教師が、今更ながらに本務とは何ぞやと感じながら、日々仕事に従事していることと思う。教師の本務は、児童生徒に勉強を教えることであると筆者は感じている。医者に例えると、その本務は、患者を診ることである。それが、現状では、本務である患者の診療以外に「受け付け」「会計」「施設設備の補修」「患者やその家族の人間関係の調整」「院外での患者の問題行動の対処」「慰安旅行の企画・引率」「院内の清掃」「院内行事の計画・指導」等々、それ以外にもたくさんの仕事を診療報酬ももらえないのに、自分のプライベートな時間を費やして、患者様とその家族のために働いている。ということになるかと思う。歴代の文科大臣からも同じようなお言葉をいただいているかと思うが、森山文科大臣にはエールを送りたいと思う。

 盛山文科相は「日本型学校教育は、子供たちの知・徳・体を一体で育むものとして諸外国からも高い評価を受けている。一方、深刻さを増すわが国の少子化の進行や、先行き不透明で予測困難な時代の到来など、学校を取り巻く環境が大きく変化する中で、教師の長時間勤務や不登校、いじめの増加をはじめ、教師を取り巻く環境は憂慮すべき状態であり、危機感を持って受け止めている」と現状認識を説明。

 徳については、学校教育で担うべき分野ではないと筆者は感じている。それは、家庭が責任を持って行い、地域や社会がそれを補佐すべきことだろうと思う。その上で、学校は知育を重点的に行うようにすべきであろう。「二兎を追う者は一兎をも得ず」、昭和の時代のように子供たちや保護者が、教師の権威を尊重する世の中でもなくなってきている。「知・徳・体」等と大風呂敷広げないで、現有勢力で無理なく達成できるめあて、目標にすべきではないかと感じる。

 不登校については、本ブログ内でも触れたことがあるが、多様な価値観が認められる社会になってきているので、学校に行かない選択肢があってもいいし、何が何でも学校に登校させることが、その子の人生を俯瞰したときに、果たしてよいことなのだろうかと疑問を感じる。文科省も不登校について、理解ある考えになってきているし、これからは、その受け皿を用意することに注力すべきであると思う。

 そうした環境作りにつながる具体的な施策として、来年度予算概算要求に計上している▽小学校高学年の教科担任制の強化▽教員業務支援員の全ての小中学校への配置▽副校長教頭のマネジメント支援--を列挙。「できることは直ちに行いつつ、学校における働き方改革のさらなる加速化、処遇改善、学校の指導運営体制の充実、教師の育成支援について、文科行政の最重要課題として一体的に進めていく」と述べた。

 本ブログ内でも小学校高学年の教科担任制を取り上げたことがあるが、現場にそういった話は降りてきておらず、どこの世界の話なのだろうと言うのが正直な感想である。

 筆者の勤務する学校でも教員業務支援員は、市予算で週に1日程度来ている。図書の整理をしたり、教室に行けない児童の相手をしたり、隙間を埋める業務をしていただいているが、支援員が来る前と来た後で、筆者の仕事量が減ったかと言えば、全く変わっていないと言うのが筆者の偽らざる感想である。これは、学校側のマネジメントの問題が大きいし、週に1日程度だと担任の業務を任せられるほどの勤務頻度ではないので、致し方ない部分もあるのかもしれない。これが、週に5日来るのであれば、また話は違ってくるだろう。

 文科大臣には、是非とも頑張っていただき、財務省から予算を獲得して欲しいと切に願う。

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