週当たりの授業数、削減 文科省

教育問題

文部科学省は、教育現場の負担軽減を目的として、年間の授業日数を増やすことにより、週の授業時数を減らす事例を周知することを発表した。これについて、考察したい。

週あたりの授業数、削減を 小中教員の負担減、事例周知へ 文科省:時事通信

—トピック—

  • 公立小中学校の授業数について、年間を通じて実施日数を増やし、週の授業数の削減を促す方針であり、夏休みの期間短縮といった例を各教育委員会に周知
  • 学校には年間35週、週当たり29単位時間の授業を行う必要があるとの認識が根強い
  • 週の単位時間を減らし、放課後を授業準備に充て、長時間労働の是正を目指す(守谷市の取組を他教委と共有)

文部科学省は、公立小中学校の授業数について、年間を通じて実施日数を増やすことで、週当たりの授業数の削減を促す方針だ。放課後の時間を確保して教員や児童生徒の負担軽減につなげるのが狙い。

夏休みの期間短縮といった例を各教育委員会に周知し、取り組みの普及を目指す。


また、文科省による現場の状況を無視した小手先の改革案が出てきたと言うのが筆者の感想である。筆者もこのブログで、年間授業時数の削減が教師の労働環境改善には不可欠であると述べてきたつもりである。また、夏休みの期間短縮と言う安直極まりない施策は、殆どの教職員に失望を与えると同時に、教師を目指す若者にとっても教師禁忌の要因になると言わざるを得ないだろう。

このようなことを書くと、「やる気がない」「教師としての資質を疑う」「民間はそんな甘くない」等々の批判が散見されるが、法で規定されている労働者としての権利である「休憩時間」や「有給休暇の消化」「労働時間の上限」等が守られていない時点で、上記のような批判は、低次元な情緒的批判であり、一顧だに値しないと思う。

小中学校の年間の標準授業数は、学校教育法施行規則で学年ごとに定められている。小学4年生以上と中学校は年間1015単位時間(1単位時間は小学校45分、中学校50分)だ。学習指導要領では、授業を「年間35週以上にわたって行う」と明記されている。

法令で規定されているわけではないが、学校側には年間35週、週当たり29単位時間の授業を行う必要があるとの認識が根強いという。これに対し、中央教育審議会の特別部会が7月下旬にまとめた答申案では、年間を通じて教員の業務の偏りをなくす観点から「必ずしも週29単位時間の授業を実施する必要はない」との見解を示した。

物理的に1015時間を35週で納めようとしたら、必然的に週あたり29時間にならざるを得ない状況である。いい加減に、1015時間(小学校低学年はこれより少ない)にこだわらず、最低1割、できれば2割の授業時数削減をすべきである。学業を含めて全ての事物は時間に比例してパフォーマンスが上がっていくわけではない。これからの人口減少社会の在り方からも考えて、より少ないリソースでより大きいパフォーマンスを生み出すことに知恵を絞って行くべきであり、子ども達にもそういう大人の姿を見せるべきである。人も時間もリソースは限られている。故に選択と集中が必要である。日本の教育は、そういうことを無視して精神論に走り、現状認識ができずに末端の人間に不必要な負担をかけ続けてきた。筆者は、文科省に「必ずしも週29単位時間の授業を実施する必要はない」「必ずしも年間1015単位時間の授業を実施する必要はない」に訂正することを進言したい。

週当たりの単位時間を減らせば、教員は放課後を授業準備に充てることができ、長時間労働の是正にもつながる。茨城県守谷市は、夏休みの短縮や2学期制の導入に加え、始業日や終業日、学校創立記念日などを活用して授業日数を確保。「週3日の5時間制」(週27単位時間)を実現し、教員の早期退勤につなげている。

文科省は、守谷市と同様に週29単位時間より少なくしている事例を全国の教委と共有し、積極的な見直しを働き掛けていく方針だ。

守谷市の取り組みについては、以前筆者のブログでも紹介した。詳しくはこちらを参照して頂きたい。守谷市の取り組みも、現状を改善しようとする意志が感じられ、よい取り組みであると思うが、根本的にそこではない感が否めない。現状の業務量を今の人員で勤務時間内にこなすのは、物理的に無理であることは、明白であり、現場レベルの努力では、労働環境の改善には限界がある。本ブログ内でも再三指摘しているが、人員増と業務の削減しか、根本解決の策はない。そして、人員増については、膨大な支出を伴い文科省だけではどうしようもない現実が立ちふさがっている。業務の削減については、教育行政を司る文科省の一存でかなり改善できるはずである。

文科省から発表されるこういった小手先の施策がどこから発案されるのか筆者には分からないが、文科省は識者や財界のお偉方の意見ばかり聞くのではなく、もう少し現場の一兵卒の意見を聞くべきであろう。教育は現場でなされ、教育は現場の一兵卒がになっているのだから。

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